データ駆動型体育授業への挑戦(IACSS Keynote speech)

2025年度夏、徐研究室にとって大きなイベントがありました。それは国際学会IACSS(International Association of Computer Science in Sport)での基調講演です。

IACSSは、スポーツにおけるコンピュータサイエンスの国際協力の強化を目的とした学会で、1997年に設立され、四半世紀以上の歴史があります。2年に一回の頻度でカンファレンスが開催されており、今年で15回目にあたります。

国内の学会の基調講演として登壇できることでさえ十分に光栄ですが、今回は国際学会からのご指名ということで、大変な名誉であると同時に大きな責任のある発表となりました。

私は4つある基調講演のうちの、学校体育領域の登壇者だったので、"A Challenge to Data-driven Physical Education: The Values of Sports Analytics as Teaching Materials and the Role of Data Science"(データ駆動型体育授業への挑戦:スポーツアナリティクスの教材的価値とデータサイエンスの役割)というテーマで発表させていただきました。

Physical Education in Japan

日本の体育授業

まずは日本の教育、そして体育について理解していただくために、

  • 学習指導要領に多くの領域(種目)が定められているので、教える方も大変
  • 世界的には体育≒レクリエーションという国も多いが、日本は「学び」を重視している
  • 技能だけでなく、知識・理解や、学びに対する態度も大事
  • 近年はICT(Ed. Tech)の導入も積極的

といった現状を紹介しました。特に「学びに向かう力、人間性等」を英語で伝えるのが難しく、結局「態度」と表現するしかなかったことが若干の後悔ですが、講演後に「日本のPEティーチャーはすごいね!」と言われたので、それなりに伝わっていたのかなと思います。

Sports Analytics Can be Used as a Teaching Material for Physical Education

スポーツアナリティクスは体育の教材になる

そのうえで本題。スポーツアナリティクスを体育に導入することによる可能性について議論していきました。そもそも、私が提案しているのは単なるICT活用ではなく、競技スポーツで実践されている「スポーツアナリティクス」を体育授業に応用しよう、という試みです。ですから、動きを「撮って、観る」や「振り返りをタブレットで入力、集約する」といった活用方法ではありません。授業中に行われる試合のパフォーマンスデータを映像から測定し、客観的な統計量をもとに生徒が自チームの課題を発見し、練習方法を考え、実践するという指導モデルです。私はこれを、体育における「スポーツアナリティクス教材」と呼んでおり、次のような多くの利点があると考えています。

スポーツアナリティクス教材の利点
  • 新しいICTの使用法である
  • 客観的データを生徒が活用できる
  • 運動の得意、不得意に関係なく、皆が思考・判断・表現を深めることができる
  • 協働的な学びの機会を生み出す
  • 理解を深め、技能を高められる

The Actual Effects

実際の効果

スポーツアナリティクス教材を導入した場合の効果について、実際に行われた授業で検証しました。

対象は高校生のバレーボール単元で、スポーツアナリティクス教材を導入した場合としない場合において試合中に相手コートへ返球される回数を比較しました。

※ スポーツアナリティクス教材の導入の有無以外はすべて同じ授業内容。

その結果、各クラスで行われるリーグ戦(4回の授業で実施)において、スポーツアナリティクスを途中に導入したクラスは、リーグ戦の後半の試合で平均リターン数が有意に、かつ顕著な効果量で向上しました。

Sports Analytics is not Easy to Implement

スポーツアナリティクスの導入は容易ではない

いくらスポーツアナリティクス教材が効果的だとしても、誰でも簡単に導入できるわけではありません。実践授業の際も、ビデオカメラを2台用意して、全試合を撮影し、次の授業までに映像の不要な部分をトリミングして、ファイル名をチーム名に変更し、生徒が利用できるように保存する、といった作業が必要でした。さらに、当時はアプリを使わずに紙に記録してパフォーマンスの分析を行っていました。

そこで、今なら「ひとり一台」端末の出番!となるのですが、学校環境下のデバイスでスポーツアナリティクスを実践するためのアプリを入れようとすると、様々な問題が生じます。例えば…

  • 学校の予算が限られており、有料アプリを導入できるとは限らない。
  • 安価なアプリはセキュリティ面の不安がある。
  • 競技スポーツ向けのアプリが多く、体育の教材として使いやすいとは限らない。
  • そもそもアプリのインストールには管理者の許可が必要。
  • 体育館やグラウンドにWi-Fiが届かない場合が多く、アプリが使用中にとまってしまうことがある。

The Role of Data Science

データサイエンスの役割

こうした現場の課題を解決するために、基礎研究と開発研究が重要となります。具体的には、スポーツアナリティクスに限らず、学校体育向けのアプリケーションをインストール型ではなくWebアプリケーションとして開発することが必要です。

もちろん、これは民間企業のように利益を上げる必要がない、という前提に立っているからこそできる提案です。

WebアプリケーションはHTML、CSS、JavaScriptがあれば開発可能で、最大の利点はブラウザーだけで動くことです。すなわち、学校長や教育委員会の許可を得ることなく、すぐに授業で使うことができます。

また使用中にサーバーと通信する必要がないように設計すれば(生徒の使用ログ等を収集しなければ)、一度Webページにアクセスした後はWi-Fiが途切れても大丈夫ですし、個人情報を扱わないのでセキュリティ的にも安心です。

将来的な視点でみると、Pythonで開発した機械学習モデルを、JavaScriptに変換することによって、ローカルだけで動く、手の込んだアプリケーションを作ることも可能です。これはサーバーの維持管理が低コストになるので、大学の研究室レベルでも十分に実現可能な開発モデルといえます。

学校体育向けアプリケーションの開発モデル

国際学会という大舞台で、当研究室の活動や成果を発表できたことを大変うれしく思います。

この基調講演にあたり、ご支援いただいた先生方とIACSSの運営の皆様にこの場を借りて御礼申し上げます。